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2014年1月26日 (日)

「明日、ママがいない」「24時間テレビ」との共通点は?(テレビ)

色々、賛否両論が繰り広げられている日本テレビ(日テレ)の「明日、ママがいない」

Tv

児童養護施設出身ボクサーら『明日、ママがいない』の感想語る(NEWSポストセブン)

実際にドラマを見ていないのですが、日テレということでふと思い出したのが24時間テレビ
毎年、マラソン以上の距離をタレントに走らせる(or 歩かせる)。
最後に、みんながいるスタジオにゴールインすることで、感動を与える。。。

今回のドラマもきっと、こういうストーリーなのかなと。
最初に困難な状況を見せ、最後に感動を与える。
これが日テレの演出なのかと。。。

個人的に、24時間テレビって最近見なくなりました。
伴走者が、もう無理と思われる走者にあれこれ治療を与えて無理矢理走らせる。。。
あれに、どんな意味があるのだろうか?

もう、無理矢理過ぎて、それが障害や困難に直面している人の激励になるのだろうか?

感動とは、無理に作るものではない。
ただ、ドラマは別。
だから、ドラマなら、筋書きがあるのでそれは理解できるし、フィクションなので
ある程度のことは許されます。

だって、殺人はいけないけど、殺人事件を題材にした小説・ドラマは数限りなくあります。

しかし、今回、日テレが読み違えたのは、炎上すること=話題になること、で
視聴率を獲得しようとしたこと。

それと、人権に関するセンシティブな問題について、十分な取材もせずにドラマ化したこと。

殺人ドラマでも、本当に人が死ぬシーンを残酷に描いたら、視聴者は嫌悪感を覚えるでしょう。
それと同様に、視聴者が少しでも「不快感」を覚えたら、それは既に失敗なのです。

フィクションだから・・・ということは、憲法で保障されている「表現の自由」や
報道の自由について履き違えてしまったら、自分で自分たちの首を絞める行為になります。

誰でも見られる地上波という「メディア」であるからこそ、誰でも見られるそういう
番組作り-それこそが今テレビに本当に求められることだと思います。

では。

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