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2020年1月

2020年1月26日 (日)

脊柱管狭窄になりました(抜鈎・退院編)

先日、人生初の抜鈎(ばっこう)というモノを体験しました。
抜鈎とは抜糸のようなものです。つまり手術で切開した箇所を閉じて固定する手術方法。
糸の代わりにホッチキス(ステイプラー)を使うと聞いていたのですが、本当にホッチキスの針のようなモノでした。

抜鈎は想像よりも痛くなかったですね。
3回程、ポチポチポチっと言う音がしたらもう終了でした。
あっけないですね、拍子抜けしました。
まあ取り敢えず無事抜鈎終了してホッとしました。

抜鉤(ばっこう)

スキンステイプラー

Image

抜鈎後、退院手続きをしました。
請求書が来て、それを自動精算機に読み込ませて現金で支払い完了。
ざっくり10万弱で予想よりも安かったですね(12万円位かなと思っていたので。)

腰には相変わらずコルセットを付けていますが、歩行には全く問題ありません。

思えば本当に長い道のりだったなぁ。
やっと普通に両足歩行ができて外界に出ることができました。
感慨もひとしお。

長い入院記事、これにて終了です。

では。

関連記事:
脊柱管狭窄になりました
脊柱管狭窄になりました(手術編)
脊柱管狭窄になりました(術後1日目の格闘編)
脊柱管狭窄になりました(歩行編)

 

2020年1月25日 (土)

無制限レンタルWiFi使用感想(WiFiレンタルJAPAN)

入院の個室、無料WiFiが無いと事前に知っていたのでレンタルWiFiを検討。
価格comでなるべく安そうなモノを探して借りたのが「WiFiレンタルJAPAN」のルータでした。

WiFiレンタルJAPAN

Wifirentaltop

実際にレンタルしたのはau WiMAX W05という機種でした。
レンタルは1ヶ月で3,000円弱。

Wifirental

上の画像ではau WiMAX W01となっていますが在庫切れで代替機としてW05が送付されてきました。

さて、実際に予定通りに機器が来たのですが、全く何も説明類がありませんでした。
当然、W05の取説はありますが、SSIDやPASSWORD等は機器にシールで印字されていたりして「やけにあっさりしているなぁ」というのが第一印象でした。

なので普段からモバイルルーターを使い慣れていない層は対象外のサービスなんでしょうね。
使用制限についても本製品は無制限、とだけ書いてあって、実際にどこまで無制限なんだろう?というのがありました。

基本のWiMAX 2+は無制限ですが3日間で10GBの制限がありますよね、普通。
当然W05もデータカウンターが付いていて10GBに対して実際に使ったデータ容量がわかる設計になっています。
でも実際に使った感じでは3日10GBの制限はどこで掛かっているのか?はっきりしませんでした。
(速度が普通20から30Mbpsと十分に高速だったので。)
ただ、なぜだか夕方から夜になると最高速度が1Mbps(下り)に制限掛かっているようでした。

使った病室は例に漏れず、鉄筋コンクリートなのでWiMAXの電波強度はアンテナピクト1か2本しか立ちません。
最初、速度が出ないのはそれが原因かな、と思って窓際に置いたりしたのですが、後でわかったのは先に書いた夜の1Mbps制限のようでした。
この速度だと動画視聴は無理。音楽等の軽いストリーミングは辛うじて大丈夫でした。

もう1つ、au LTEを使う設定にも変えることができました。
その時はさすがにアンテナピクトは全て立っていて電波状況は良さそうでした。
ただ、こっちはau 4G LTEの制限--- 7GB/月、制限時は128kbps --- が引っかるんじゃないかと不安で結局メインとしては使いませんでした。

7GB制限の詳細について教えてください (UQ WiMAX)

制限を超えた場合、WiFiレンタルJAPANが費用負担する、とは記載されていますが、この速度制限ってUQ WiMAX側の仕様に則るはずなので怖くて使いませんでした。
この無制限、と書かれている条件、つまり逆に言うと「どのようなデータ使用条件で速度制限に引っかかるか」が不明確なんですよ。

そもそも夜になると下り1Mbps制限になるのは3日10GB制限に引っかかったタイミングなのか、夜とは何時からの制限なのか、等々謎仕様なレンタルWiFiで結構ストレスでした。

私のように入院で昼間、つまりデータトラフィックが少ない時間帯なら20-30Mpbsと高速に快適なアクセスが無制限で実施できるので良いですが出張や旅行の時は果たしてどうなんだろう?という印象を持ちました。

今回はレンタル期間が長く(2週間以上)、1ヶ月レンタルと同じ値段になりましたが数日から1週間くらいならもっとリーズナブルにレンタルできるのはメリットですかね。

返却も郵便局のレターパックに入れて返送だけで簡単なのもメリットでしょう。

と言うことで初めての連絡WiFiサービス体験レポートでした。

では。

2020年1月19日 (日)

脊柱管狭窄になりました(歩行編)

前回、過酷なブログを書きましたがその続き、翌日(術後2日目)の事を書きます。

予定では体内に血が残らないようにする血抜きの管を抜き、尿の管は付けたままで腰にコルセットを装着する、ということでした。
まず最初の血抜きの管が抜ける時は何とも言えない「ぬるっと」した違和感があり異物が体内から排除されたのを実感しました。
痛みはほどんど無かったです。

次はこの状態(尿の管を付けたまま)で歩行器で自立できるかのチェックでした。
緊張の一瞬です。
何しろ久々に自立するのと、手術の結果が本当に上手く行ったのかどうか、結果がわかる瞬間だからです。
気持ちを込めて腹筋に力を入れてえいっと立ってみました。
両足に痛みや痺れはありませんでした。

そのまま歩行器を使って部屋(病室)の中を少し動いてみました。
特に問題無いようです。
次にトイレに行けるか。
ここで問題が無ければ尿の管(カテーテル)が取り外せます。
結果は・・・無事クリア!
ここまでは看護スタッフ1名とリハビリ担当スタッフ1名状況を確認していました。

リハビリ担当のokが出ました。
看護スタッフの人がゆっくりと私の下半身から管をゆっくりと抜きます。
男性は女性よりも尿道が長いそうです。
そのためか尿の管が抜ける時の時間は結構長く感じました(実際には数十秒だったんでしょうけど)。
そして先に書いた血抜きの管に比べて軽い痛みを感じました。

後で一人で久々にトイレに行ってみましたが、最初は尿が出にくかったです。
その後で尿が出るようにはなりましたが数回は排尿時に激しい痛みを感じました。
もし菌が尿道に入って尿道炎のようになったら嫌だなぁと最初は本当に心配しました。
翌日には特に排尿時の痛みは無くなり安心しましたが。

足の状況については不安がかなりあったので色々と立ちっぱなしになったり病院内を歩いてみて確認してみました。
手術前は病室からエレベータの場所まで杖をついて歩行しただけで右足に痺れと痛みを感じて壁にもたれないといられない状態でした。
それが術後は痛みを感じなくなりました

「ああ、本当に治ったのかな」

初めて少し安心できました。
その日のうちに、歩行器も回収されました。
実際に歩行器が無くなった時は少し不安がありました。
その日、階の違う売店に自力歩行で行ったりしましたが本当の自分なのに違う自分のような感じでした。
まるで夢を見ているかのような。

思い起こせば昨年8月頃から謎の痛みがずっとあり、8月末には起立できなくなってきて、杖を購入して何とか杖に頼りながら歩行していたこと。
その後、脊柱管狭窄症と診断され痛みを取るための神経系の薬を処方され自立起立できるようになり、短距離だけなら杖なしで辛うじて歩けるようになりました。
ほぼ150日以上完全自立歩行が出来なかったので本当に本当に久しぶりに「自分の力だけで歩けた」と感じました。
ああ、本当に長かったなぁと。

結局その日はコルセットを腰に付けた状態で自由に動くことができました。
ベッドから開放され久々の自由です。
自由に動ける、ただそんなシンプルな事がとてもありがたいと感じました。

では。

関連記事:
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脊柱管狭窄になりました(手術編)
脊柱管狭窄になりました(術後1日目の格闘編)
脊柱管狭窄になりました(抜鈎・退院編)

 

2020年1月18日 (土)

脊柱管狭窄になりました(術後1日目の格闘編)

さて今回は手術の翌日の様子について書こうと思います。
なぜ、こんな事を書くのかと自問自答しました。
1つには自分の経験として人生の中でもそう経験することができなかっただろう貴重な経験をしたのでそれを記録として残しておきたかったから。
もう1つには同じような症状で入院する予定の人に、予め術後の様子がどうなのかを伝えたかったからです。

術後の1日はベッドから起きられない、起きることが禁じられます。
正確に書くと、電動ベッドの傾きを垂直方向に向けること、角度を変えるということですが、それは行っても良いのですが腰は絶対にベッドの床から離れてはいけない、ということです。

普通の健康な状態でも1日横になっていたら辛いですよね。
術後は体に2本の管、1つは尿道へのカテーテル、もう1本は血抜きの管。
手術時はT字帯と言うふんどしみたいな物を付けているので下半身は落ち着きません。
術後はそのT字帯すら無く、タオルを掛けるだけ。
手術着も脱がされ、パジャマを前後ろ逆に腕を通しただけの状態の物を着ただけの状態で横になっていました。

寒い。

上半身、下半身とも非常にスースーして寒い。
布団を追加で掛けたり、病室(個室)の温度を変えたりしても変わらない寒さ。

鼻水が出そうなのにティッシュが手の届く所に最初無くて、ベッドの角度をいちいち変えたり色々と普段は何気なくやっている1つ1つの行動が制限されてストレスが溜まります。

喉は手術時に管を入れたためか痛い。
2から3日程度で治るとの事だったけど声枯れが酷くてナースコールするのも躊躇してしまう。

そして辛かったと言うか哀しいと言うか情けないと思ったことがあります。
それは、体を洗ってもらう、ということでした。
体の向きを左右曲げて背中を拭いてもらう、これはまだ痛いけど何とかなりました。
情けなかったのは下半身を看護婦に洗われた経験です。
管が付いているその男性の象徴を触られる事、お湯(ぬるま湯)を掛けられて洗われる経験。
介護を受けるというのはきっとこういう経験なんだろうな、そう思いました。
恥ずかしいというのもあります。
でもそれだけじゃなくて、自分で自分のモノを洗えないという情けなさ、人間の尊厳と言うと大げさかもしれませんが、何か非常に強烈な体験でした。

次のハードルは水分補給でした。

ポカリスエットを数本余分に用意していたので最初はそれを看護スタッフにお願いしてストロー付きキャップで飲んでいました。
コレ、使ったことが無かったので最初はこぼしたり、体をどの角度にすれば上手く飲めるのか、格闘していました。
そのうち、ドリンクが無くなりそうになってきました。
付き添いが居てくれれば買ってきて、と頼めるのにその日に限って誰もいなかったので最悪の場合、看護スタッフにお願いして水道水をペットボトルに入れてもらおうかな、と考えたほどです。

術後1日目から食事は許可されました。
実際、その日1日はお粥でしたが。
これも体の角度とテーブルの高さの関係から向きをほぼ垂直にしても食べ物がよく見えません。
本当なら食事って上から見て食べるんですよね。
横から手を伸ばして皿を取り、手元に持ってきて箸で掴んで口に入れる。
この動作、1つ1つが苦行のようでした。
食後の歯磨きもベッド上で食事と同じような体勢で行いました。
こぼさないように神経使いますね。

こんな状態で1日を過ごすのですからとにかく1日が長い長い。
テレビをつけてもつまらない。
スマホはベッドの上棚から手を伸ばしてギリギリの所にあったので必死に手を伸ばしてゲット。
家族にポカリを持ってきてメールを打つことができました。(事情があって結局翌日に届いたんですが。)

スマホを使いたくてもバッテリ残量が気になってなるべく必要最小限にしていました。
今考えると無理を看護スタッフさんに言って充電器とケーブルを接続してもらっても良かったんですよね。
病床に居た時はそんな事すら面倒くさくて頼もうとは思いませんでした。

そこで教訓です。

1. スマホは充電器と繋いでベッドから手の届くところに準備して置くこと
2. ドリンク(ペットボトル)は5本以上用意して置くこと
3. 苦しさと暇を潰すためにヘッドフォン(有線)でスマホと接続できるかもしくはMP3プレイヤーを用意しておく
 (最近のスマホは充電端子のみでヘッドフォンジャックが無いから要注意)

ベッドの上に大体スペースがあるはずです。
とにかく苦しいですが手が届く所、もしくは看護スタッフに指示して取ってもらえる位置にこれらのグッズを置くことが大事でしょう。

身動きが取れない一日がこんなに辛く苦しいとは。
でも世の中にはもっと苦しい病気と戦っている方々や介護されるような状態の人たちがいる、そういう事に気が付かない日常の平和、それを今一度噛みしめることができた、本当に貴重な体験でした。

以上が格闘編でした。

では。

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2020年1月17日 (金)

脊柱管狭窄になりました(手術編)

先日、遂に脊柱管狭窄(せきちゅうかん きょうさくしょう)の手術を体験しました。

手術前日の夕食を最後に絶食。
飲んでいいのは指定の水分補給水(OS1、ポカリ、アクエリアス)のみ。
別に胃の動きを抑えるような薬は点滴されなかったので普通にお腹すきます。
いや、実際は緊張していたのでしょう、それほど激しい空腹感というのはありませんでした。

手術直前は点滴(水分補給)をしていました。
あとは何度も体温測定、血圧測定、指での酸素量確認等。

いよいよ、時間になり手術室へ。
私の病室と手術室との階が違うのでエレベータを使いました。
最初、自力で立って歩いて移動しようとしましたが不安になり、車椅子を用意してもらいました。

手術室で手術担当の人に引き渡されました。
名前等の確認、手に付けた認識用バーコードの読み取りなど。

酸素マスクを付けられて呼吸。
酸素マスクは麻酔がよく効くように(だったかな?ちょっと忘れた)よく吸うように言われました。
腰の手術なのでストレッチャーのようなものに載せられていたので天井しか見えず、
手術室の様子は全くわかりません。

麻酔は点滴と同じ管に分岐管から注入。
予想通り、2秒で記憶が無くなりました。

(手術中)

名前を呼ばれて意識が戻りました。
ただ意識は朦朧としていました。
何やら腫瘍?という物を見せられました。
こんな物が背中に入っていたのか、そりゃ痛いわけだ、そう素直に思いました。

あとは病室に戻されて何やら点滴だと着替えなど、正直何がなんだかわからない状態でした。
噂に聞いていた通りに尿道にはカテーテルが入っているようでした。
まだ、内部に溜まった血を抜くための「血抜きの管」というのも入っているようでした。
それらのチューブが背中に当たるのが違和感でした。

夜中、何度も点滴が変えられたのを覚えています。
普段は睡眠導入剤等を飲んでいるので夜中目覚めないのですが手術の日は何度も目覚めました。

尿のカテーテルは最初慣れませんでした。
尿意を催すのですが排泄できない、そんな感じ。
このままでは膀胱炎になるんじゃないか、と不安になりながら意識が無くなり寝てました。

目覚めたら尿意が無くなり、どうやら排泄できるようになったようです。

慌ただしい手術の日はこんな感じでした。
しかしその時には地獄のような次の日が来るとは夢にも思っていませんでした。

翌日の事はまた別途記事にできたら、と思います。

では。

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