日記・コラム・つぶやき

2018年7月29日 (日)

【悲報】社員が眠そう→冷気で起こし、生産性UP???

全くとんでも無いものが開発されそうです。

社員が眠そう→冷気で起こし、生産性UP ダイキンとNEC、オフィス用空調システム開発(ITmedia)

Image(クリックで拡大表示)

生産性アップ?

これでは昔見たSF映画か何かのようにIT/ロボット/コンピュータにより人間が馬車馬のように働き続けるような恐怖を感じます。

まさに、「社畜製造機」

ダイキンとNECはこんなモノを開発するのも酷いけど、もし実現化してこれを導入する企業が増えたらもっと恐ろしい。

そもそも何で眠くなるのか?その原因を明確にして対策するのが本来のあるべき姿では?

過労で眠い人には温調で眠気を排除するのでは無く、十分な休息を与えることの方が根本的な対策であり、本来企業が従業員のために配慮すべき事だと思いますが。

問題解決の本末転倒のようなアイディアに思えました。

では。

2018年4月24日 (火)

遂にその時が来てしまった...カシオ、コンデジ撤退

これも時代の流れなのか。
カシオが遂にコンデジ事業から撤退するとの報道が出ました。

カシオ、コンパクトデジカメから撤退へ (日経)

Qv10
Source from "デジカメWatch"

古い人なら知っていると思いますが、昔はデジタルカメラ、デジカメって高価でした。
しかも、今のような液晶パネルは無く、フィルムカメラの単なるデジタル版という
そういうコンセプトの商品でした。

ところが、カシオが1995年にQV-10というエポックメイキングなデジカメを発明します。
これが出た当時、カメラに興味の無い自分も非常に驚いたのを覚えています。

丁度時代は携帯電話が一般の人々にも普及し始める頃でした。
E-mailが会社でも使われ始めたのがこの頃。

QV-10はそんな時代に非常にマッチしていました。
当時はまだ画像データをメール添付で送れない時代でした。
しかし、即時性で撮影したその時点で写真を確認できるのはポラロイドカメラ以外
この製品しかありませんでした。

これを使って、仕事で必要な情報を撮影してそのデータをパソコンに取り込むという
そういう方法で手順書を作るというフローがその後一般的になりました。

とにかく、最初のQV-10を借りた時、カクカク動く(=処理速度が遅い)画面が
非常に印象深かったですね。
また、乾電池駆動だったのですがすぐに電池切れを起こすという問題もありました。

しかし、低価格でデジカメを再定義したこの製品が大ヒットとなり、その後、
デジカメが普及していきます。
まさに、電卓と同じですね、奇しくも同じカシオ。

結局、デジタル化の流れはここから急激に進み、今ではカメラメーカもフィルムカメラから
デジカメメインになりました。

それくらい革命的な製品だったのです。

それが、また同じように革命的製品、スマホという製品により駆逐されてしまったいう事実。
非常に哀愁を感じますね。

とにかく、カシオさんには感謝したいです。
また、何か新しい製品を世に出して私たちの生活をより良くしてくれることを期待したいです。

では。



2018年4月15日 (日)

富士フィルムの白黒フィルムが販売終了と写真の思い出

いつも読んでいるブログEeePCの軌跡にこのような記事が載っていましたのでご紹介。

富士フィルムの白黒フィルムが販売終了へ

これも時代の流れでしょうね。
自分が子供の頃、写真はまだモノクロ、白黒写真でした。
いつ頃からかカラーになりましたが、生まれた時は確かに白黒だったと思います。

昔、父親がちょっと重たいカメラを持っていて、自分も当時マニュアルで焦点を合わせて
写真を撮るという体験をしたことをふと思い出しました。

もう父もこの世にはいませんが、写真というのは当時は特別な物、記念とかそういう
ものだったなぁと思います。

フィルムは撮り直しできないですからね。

子供の頃、科学雑誌(学研の科学と学習の科学シリーズだったな?)か何かの付録で
写真機が付いていたことがありました。

うちは親が公務員だったので公務員宿舎のベランダから庭の様子をその写真機を
置いて撮影した記憶があります。
ただ置いて数時間待つという物でした。

それを現像すると(どうやったのかよく覚えていませんが)たしかに白黒で写真が
撮れて結構感動した気がします。

今はスマホで簡単ですよね。
デジタルネイティブの子供たちは生まれた時からカラーフィルムどころか
デジタルカメラ、スマホ等で静止画、動画が保存されます。

特別な出来事で無くても、気楽に撮れる写真。
自分や家族だけの思い出という役割から、撮った写真を世界中の見知らぬ人に
拡散、シェアし「いいね!」を貰う、そういう時代。

子供の頃、こういう世界は全く想像しなかったですね。

それと、まさか自分がデジカメをこんなに買うようになるとは最近まで予想できませんでした。

子供の頃の懐かしい思い出とこれからの新しい世界、そういうものを想いながら
このニュースを噛み締めたのでした。

では。

Photo_2

2018年3月22日 (木)

モバイルPCという絶滅危惧種を探す旅、大学ではPCが必要!?

大学生になると学校から今は「お勧めパソコン」なるもののお知らせとパソコン購入の督促(決して強制ではありませんが、必要と言う謎ワードが・・・笑)が来ます。

上の子はそれこそ親も持っていないようなLet's Noteの4年間保証モデルとか数十万円もするような恐るべきスペックの商品をお勧めされて、速攻でAcerの13.3型モバイルPCを5万円位で買った記憶があります。

ところが、数年経った今、探すと13.3型というモバイルPCってホント少ないのよねぇ。
大学用、つまり毎日持ち歩いて使えるPC、となると必要なのは
・そこそこ軽いこと(15.4型だと2.2kgくらい、13.3や14型だと1.5kgなのでこの辺)
・バッテリの持ちがいいこと
また、学校からはMicrosoft Officeを無料ダウンロード(インストール)できる契約になっているらしいのでそこそこのストレージも必要。
なので、よくあるeMMCの32GB/64GBではちょっと心許ない。

当然、Officeが起動できるということでメモリは4GB/8GB欲しい。

以上のような都合のいいPCで「お財布にやさしい=安い」というのは本当に難しい。

以前は前述の通り、13.3型のPC(Windows)は結構あった気がします。
現在は皆さんご存知の通り、日本では富士通、東芝、パナソニック、NECとありますが各社それぞれ難点があります。

富士通はまず除外。
理由は会社で富士通のPCを使っているのですが、モバイルタイプは筐体の強度が足りない。
まあ、とにかく富士通はデスクトップメーカというイメージがあるのとラップトップPCは高価なので除外です。
東芝はモノは良さそうですが、あの一連の不祥事から不信感から除外。
パナは欲しいですがご存じの通り、20万円以上と高価。
NECは最近12.5型というのを出してくれましたし、私は16型のラップトップを使っていますが
安く(5万円台)数年使っていますが、HDD->SSD化が簡単にできてまだまだ現役で好感なのですが、軽量タイプで安いのはちょっとなさそうでした。

マウスコンピュータとか、DELLなどのネットでのオンラインでのセットアップPCはカスタマイズの自由度も高く、そこそこいい感じでした。
約6万円程度でそこそこの物が買えそうでした。
DELLはキーボードの評判がちょっとネット上ではよくない気がしましたが値段を考えれば許容内かな?

で、最終的には何にしたかと言うとLenovoのPC。
なぜ、中国レノボ???
理由は安かったからです。

Lenovo Ideapad 120S(14型)
インテル Celeron プロセッサー N3350 ( 1.10GHz 1600MHz 2MB )
Windows 10 Home 64 bit
14.0"HD 光沢なし 1366x768
4.0GB PC4-19200 LPDDR4 (オンボード) 2400MHz
128GB  SSD
フル充電で最大約7.5時間駆動
約    1.44kg
USB 3ポート

税込み、送料込みで38,000円ちょっと。
SSDは容量が少なそうだけどSATAなので交換できるかなぁと。
メモリはこの価格帯には珍しくDDR4
(Macですら未だにラップトップのMacBookシリーズがDDR3止まりなんですよねぇ。。。)

難点は納期が4月初旬と20日近く掛かるのがイマイチですね。
実際に本体(筐体)の強度とかキーボードのたわみとか不安はありますがそこは残念だけど値段相応でしょうね。

タブレットなどが普及したせいでPCそのものの需要が減っている昨今。
なのに大学ではPCを用意しろと要求する。
高い授業料なのに学校での共用PCは制限があるから自分のPCを準備しろというのは何だか割り切れない思いがありますね。

家用のPCなら先に書いたように15.4型の安いしっかりしたPCで手ごろな価格でストレージ等も大きくできるし問題ないのに学校で使うためだけのために購入するというのが時代的にどうなんだろうなぁという気持ち。

世の中の市場状況と学校の要求の不一致がこの手の「大学お勧めパソコン」という商売が存在してしまうのかなぁ。

と色々思ったのでした。

では。

2018年3月10日 (土)

7年前、私は何を思ってブログを書いていたか?(東日本大震災)

昨日、3/11の件についてブログ書いたので、ふと7年前の3.11東日本大震災の時に自分は果たしてどんな思いでブログを書いていたのか、と確認してみました。

まずは震災直後の最初のブログ

大地震発生。使えたのはモバイルとアナログ機器。

当時、まだ自分はスマホを持っていなかったと思います。ガラケーでしたね。
そして、当時はモバイルルーターが大活躍したんだなぁと懐かしく思いました。
今はもうスマホ、テザリング、タブレット(LTE内蔵)など環境は激変しましたね。

停電の大変さ、あの日の事を改めて思い直しました。
自分は埼玉だったのでまだ東京や福島などとは比べ物にならない程ラクな状況だったはずなのにそれでも大変だった様子がわかります。
しかし、この時の震災は今までとはレベルが違うことが徐々に明らかになってきます。

地震の備えは買い占めすることじゃない(つぶやき)
ホント、日本はまだマシだと思った方がいい。(地震と買い占め)

今まで経験したことの無い状況が発生します。
店舗に商品が無くなる、棚が空っぽになる状況、何とも言えない恐怖、不安感がありました。
道路が寸断され、電気の供給が不安定になり、物流が滞り、人々がパニック買いに走り、混乱に混乱を呼ぶという悪循環。

Spanic

疲れたorz(計画停電による就業と生活リズム)

福島第1原子力発電所のメルトダウンによる電力供給問題。
上記の記事は3/17ですから震災からわずか1週間で慣れない生活リズムに心は悲鳴を上げていました。
東京の人々はこの計画停電の凄まじい破壊力を経験することが無く現在に至っていると思いますが、私達計画停電経験者は本当に電力の安定供給のありがたさを身に染みて感じました。
当然の事ですが、福島など東北地方で実際に津波などの被害に遭われた方々の大変さは私の想像を絶する大変さだったんだろうな、と今思います。
当時は自分の生活を確保するのがとにかく大変でとてもとても福島などを考える余裕がなかった、そんな気がします。

なぜ読売新聞はセリーグ開幕実施を非難しないのか!

Appleの英断。日本企業の愚行。(大震災時の対応)
野球やってもいいけど、電気使わないこと(セリーグ開幕)

7年経った今、日本企業は変わったでしょうか?
多分、変わっていないでしょうね。
商業主義。儲け主義。
非常事態なのに、お金儲けの事を優先する企業トップ、組織のトップ。
それが上記の記事に悔しい気持ちと共に書かれています。

都内の偉い方々へ。埼玉、群馬の状況も知って欲しい(東北大震災)

自分の会社の本社は丸の内。
職場(事業所)は群馬県。
そのジレンマ、怒りを上記の記事に書いています。
当然、この声なんて届かなかったんですが。

今の時代に全く合っていない計画停電(東京電力の対応)

次に原発事故が起きたらどうするんでしょうね?
多分、同じ事をやるんでしょうね。
東京が一番電気を使うのに東京だけ発電所が無いってどうなんでしょうね。
ちなみに、今、電力会社などの業績(給与)は他の業種よりも高いらしいですね。

税金の雑談:自分の年収は平均より上? 下? 給料の高い業種は? 国税庁の統計を見てみよう(Internet Watch)

017 (クリックで拡大表示)

とっても複雑な思いです。

以上、ちょっと7年前をざっくりですが振り返ってみました。
7年で変わった事、変わっていない事、色々と思い巡らせています。

では。

関連記事:
2011年3月度のブログ

2018年3月 9日 (金)

3.11 東日本大震災、それは強要されて哀悼の意を示すものなのか?

今日、会社の総務部長付けの社内ニュース投稿がありました。

内容は3/11の震災について。
政府が式典をすることなど書かれてありましたが、個人的に予想したのは
社長名で追悼の意を示すのかな?というものでした。

ところが、本文はこのような文言で閉められていました。

「各自、それぞれ哀悼の意を示すように・・・」

社長とか総務部長自身の哀悼の意は一言も無く、社員向けに「哀悼の意を示せ」
と言うのはどういう心理なのかと。

何度読み返しても、モヤモヤした気持ちしか残りません。

果たして、こういう哀悼の意というのは、人から言われたり指示されたりするものなのでしょうか?

でも、哀悼の意を示すって何をすればいいのでしょう?

クリスチャンなら「皆さん、神様に祈ってください」と言います。
これは神に祈りを捧げるからわかるのです。

でも、信仰心が基本無い日本人、よく使われるのが「哀悼の意」を示すという言葉。
黙祷などは、亡くなった人を想って、祈る。
でも「私は黙祷を捧げます」と言うべきが「あなた、黙祷しなさい」というのは
本当に亡くなった人の事を思っているのでしょうか?

今回のメッセージに何も温かみを感じませんでした。
政府が式典をやります、震災の時間に黙祷を捧げる行事が行われます。
だからあなたも黙祷しなさい、と。

学校とか、甲子園の終戦記念日とかも、黙祷を強要されます。
祈りってそんなものなんでしょうか?

もっと、誠実に、自発的なもの、それが祈りだったり「哀悼の意」ではないのでしょうか?

本当に哀悼の意を示すなら、寄付をするとか、何か会社として何かできないのでしょうか?
本当に悲しい気持ちになりました。

いずれにせよ、3/11のあの時間になったら私は何をしているでしょう?
今、心に余裕はありません。
生活、生きることに必死なのです。

黙祷して哀悼の意をその日のその時間に捧げることができないかもしれません。
でもあの日の事は忘れません。
忘れようとしても忘れることは一生ないでしょう。

ただ、今思うのは、あの日に犠牲になった人の霊魂が安らかになることを、
天国に魂が帰ることを祈るだけです。

それは、本当に神を信じることができるかどうか。
そういった深い、重いものではないでしょうか?

あまりにも事務的に3/11のメッセージとして発行された文章に血が通ってないのを
寂しく思ったのです。

2018年3月 6日 (火)

某有名芸能人の青山学院大学受験について思うこと

今日、国立大学2次試験の合格発表がありました。

受験生を持つ親御さん、また受験生の皆さん、本当にお疲れ様でした。

さて、某芸能人(タレント)のTさんが青学受験をしたことは皆さまご存じの通り。
私はネット上の断片的な情報から知っただけなのですが、偏差値35からの青学受験
という番組企画だったのか、本人のご意思だったのかは不明なのですが、そんな事が
あったようです。

青山学院大学、通称青学はMARCH(明治、青山、立教、中央、法政)と呼ばれる
早慶の次くらいのランク(だったかな?)の有名私立のはず。

今回の企画で私は非常に残念な、ちょっと不快な思いを抱きました。

①勉強をしなおしたい、ということで数か月、禁酒してセンター試験の勉強をしたこと。
 青学合格を目指した事。
 これ自体は別に問題無いんですが、そもそも本当の動機って何だったんでしょう?

偏差値コンプレックスを覆して、「勉強やる気になればこんな自分でも青学に合格した」
というゴールを設定したかったんでしょうか?

動機が不純じゃない?

そもそも、大学って何しに行くの?
A)純粋に勉強をしたい(教養を深めたい)
B)就職するために学位を取得して社会に出たい
C)大学生活で自由を謳歌して青春の時間を過ごしたい

等々

彼はすでにコメディアン、タレントとして仕事しています。
プロです。
なのでB)を選択するために大学進学したいとは思えない。
萩本欽一さんは恐らくA)のために大学*入学したんだろうと思います。
(*駒澤大学仏教学部に2015年より通学。WiKiより)

彼の最初の方のコメントだとC)でもなさそうです。
そもそも、もう青春という時期を超えて壮年でしょう。

ならばやはりA)が目的?
ならば、なぜ、自分の学歴に合った、また自分の学びたい学校を目指さないの?
そもそも、なぜ青学じゃなければならないのか?
それは、上述のMARCHだから、ではなかったのか?

偏差値コンプレックスの裏返しでしょう、コレ。

非常に残念です。

②来年の受験は?
今のところ、全て不合格なので浪人して大学再受験することも可能でしょう。
別に青学じゃなくてもどこかの大学を目指すのなら理解できます。
合格した後にちゃんと学校行って、学位取得して卒業する気ありますか?

問いたい。

別にね、試験だけならTOEICでも英検でも何でもいいじゃないですか。
資格試験でも受けて見返してやればいいじゃないですか。

大学入試は本当に大学に行きたい人が受験するものであるべきで、テレビなどのメディアの企画としてやるべきものなんでしょうか?

問い詰めたい。

合格不合格はどうでもいい。
詰め込み勉強も受験テクニックなんかもどうでもいい。
問題は「何のため」という目的があまりにも希薄で軽薄でカルい。

正直、10か月(だったかな?)程度の詰め込み学習で大学受かったら、まじめに
今まで浪人したり、現役で必死に勉強していた人の努力を蹴散らす危険性もあったのです。

本当に純粋にある学問を究めたい、教養を付けたい、だから大学行きたい、となれば今はそれこそ放送大学だってあるわけだし、カッコつける(=青学目指す)必要は全く無いはず。

だから許せない気持ちがモヤモヤとして残ったんでしょうね、分析すると。

テレビは悲しいことによく見ているAbemaTVだったんですけど、正直、合否発表もとい
不合格結果をテレビの前で報告する姿は痛ましかったです。
可哀そうに思えました。
(私は番組を断片的にザッピングして見てました。ほとんど見てないと言っていいでしょう。)

彼には再び大学受験して欲しいと思います。
その時には、
・自分が受かる可能性のある大学も複数受験すること
・合格時には4年間通学して卒業すること
これを願いたい。

できないなら、もう、こんな仕事、断ってください。
プロの芸人の勉強の方がもっと奥深くて、自分にしかできなくて、もっとお金を
稼ぐことができます。

大学なんて、しょせんは学問の基礎しかやらない。
実践は社会に出て、実地体験を積まないと全く使い物にならない。
社会は学歴主義なんて既に崩壊していますよ。

偏差値という物を恐れる必要は全然ありません。
教養は読書など、色んな方法で身に着けられます。

などと思ったのでした。

では。



2018年2月 8日 (木)

公立小学校のアルマーニ制服について

ホント、日本らしいなぁというニュース。

5万円「アルマーニ」なぜ公立小で標準服に (Yahoo/日テレ24)

まずツッコミたいのは、アルマーニの制服って、そんなにいいのか?ということ。
何が言いたいかというと、制服って同じ格好するわけでしょ?
そもそも、アルマーニだのファッションブランドの服を着たいというのは、本来
自発的なアピールであるべきで、人(=他人)と服が被るというのが最もダサいはず。
だから、デザイナーブランドの服を学校のブランディングを目的に(今回は銀座の
公立校だったのがまさにそうなんですが)するといのはナンセンス。

テレビのニュースでもわざわざ取り上げていたけど、銀座だからいいんじゃないという
訳わからない回答をしている人が居て、「あ、ファッションを知らないんだな」と
思いました。

次に何で21世紀のこの時代になって、一人ひとりの個性というものを重視する
学習をしないといけないこの時代に、いまだに、制服という画一的、没個性的な
また軍事教育のような、そんなものを強制にするのか、という疑問。
銀座という立地なら、なおさら、自分の着たい服を着せたらいいのにという想い。

最後に制服に5万円という点。
高い安いは別として。
とにかく、中学とかでもそうですけど、学校の指定服ってどうしてあんなに高いんでしょう?
地元のお店指定の所からしか買えないし。
まあ、理由はわかっていて、昔からの癒着、なんでしょうけど。
今回のアルマーニと学校との癒着は別に特別なケースではないと思います。
なので、この価格が高いとかどうとか言うのはあまり意味が無いと。

自分の会社はR&Dセンタと名付けられているけれども、作業着着用(上着)義務が
あります。
静電気対策という理由もあるんですけど、正直、21世紀の企業としてどうなの?って
思いますね。
大学なんか、制服ないでしょ?
本来、服装なんか自由でいいと思いますけどね。

面白いことに本社(丸の内)は制服不要で私服自由と言う勤務体系。
グローバル企業のはずなのに意味不明です。
あ、愚痴でした。

とにかく、日本の教育はまず制服を無くすこと、そこから自由にしないと
本当の21世紀に求められる人間を作ることは難しいんじゃないかなと
勝手に思っています。

では。

2018年1月22日 (月)

今日が人生の最後だと思って・・・悔いなくブログを綴る

今年のブログ、ちょっと毛色が違うって気づきました?

一時期、体調(メンタル、フィジカル)が超悪くて、書けませんでした。
あとは、何をテーマにすればいいのか、という悩みも書けなかった理由です。

最近、「逃げ恥」「アンナチュラル」の脚本家、野木亜紀子作品にはまってます
原因は2016年、ブームだったはずの「逃げ恥」を一度も見なかったのを悔いて
先の年末年始の2日間の一挙公開で「凄いわぁ~」と感心したのがきっかけ。

Amazon Primeで逃げ恥はあるんですが1話ずつのばら売り(レンタル)。
それでもいいんだろうけど、ちょっとねぇ。。。

そこで他の作品で見つけたのが「空飛ぶ広報室」
最初は「何だ、トップガンのパクリか?」と思ったのですが、我慢して見ていくと
まあ、これがテンポいいし、人間の描き方が丁寧だし、ガッキーの目の演技で
もうすっかり夢中です。

下手すると「逃げ恥」よりもいい作品かも。

何となく、元気になれそうな、そんな題材。
笑いあり、ほろりと泣かせる部分あり。

若いころ、仕事人間だったころ、たまーにテレビドラマ見て、「全然仕事してないじゃん」
って軽く軽蔑していた頃がありました。

その頃って仕事がとても泥臭くて、ドラマのように簡単に答えが出なくて(不具合の
原因がわからずにみんなで深夜残業、休日出勤したり)。。。

ところが、ドラマってオシャレなウチに、仕事忙しいのにお酒を平日から飲んで
それでも支障なくバリバリ仕事しちゃったり。
どうみても泥臭い苦労、本気で仕事にぶつかって悩んでないだろう、なんて思ってました。

でもね、やっぱりドラマって非現実の世界
そこで非現実を仮想体験するのが面白いはずなのです。

そう思うと、これらの作品って何とも言えなく、共感できる部分が多い。

Amazon Prime会員の方は無料だから、騙されたと思って見てみてください。

多分、見る人それぞれの感じ方、あると思うんです。

その気持ちを大切にしたいです。

現在まで2回くらい繰り返し見てます。
はまると、こうなっちゃうのが自分の欠点であり、特徴なんですよね。

昔は映画作りをちょっとかじった事があるので、カメラワークを観ながら、
これってどうやってカメラ撮っているんだろう、なんて視点で見ちゃうのは
自分くらいかな。
でも、ほんと、よく撮っている。凄い。


このブログが誰の何に役立つかはわかりません。
でも、書き留めていきたいと思います。

今日が最後だと思って。。。

では。




大雪で知る、会社の器量

関東は大雪です。

普段、会社の企業理念とかで「社会のため」とか「社員、家族のため」とか言っていても
こんな大雪の日に、社員への退社命令1つ出せない企業。

こんな日に、その会社の本当の器量がわかります。

皆さまの会社は今日、いかがでしたか?

では。


より以前の記事一覧

関連サイト

2018年8月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

管理者からのお知らせ

  • お手数ですが下記の「ブログ内検索」をご利用ください。 (iPod、iPad、iPhone、Mac、MacBook Air、Amazon Kindle Fire、Google Nexus7など気になるワードを入力してみてください。) また、以前のページ(http://see-ya-later.cocolog-nifty.com/blog/)にあるかもしれませんのでお手数ですが宜しくお願いします。
無料ブログはココログ